作家からのおもてなし -部屋に宿る物語を聞く Vol.4 花火

パークホテル東京が 2012 年に始めた「アーティスト・イン・ホテル」は、客室をキャンバスに見
立て、アーティストが滞在しながら作品を描き上げるプロジェクトです。
完成した部屋は「アーティストルーム」として宿泊でき、お客様はアートに包まれた特別な時間を楽しめます。
その中で、48 番目に完成した部屋「花火」を手がけたのがあやいろさん。
今回は、あやいろ氏に制作当時のエピソードやテーマ、部屋に込めた想いを伺いました。

Q1: あやいろさんは、東京外国語大学英語学科をご卒業後にアーティストの道へ進まれていますが、これまでのご経歴や、アートを始められたきっかけについてお聞かせください。

A.一見すると異なることをしてきたように見えるかもしれませんが、自分の中ではすべてが一本の線でつながっています。もともと幼い頃から、絵を描くことが好きで、さまざまな表現を楽しんできました。中学から高校の頃には、ハリウッド映画の俳優や女優の表情をスケッチすることに夢中になっていた時期があります。彼らの佇まいに強く惹かれ、「同じ言語で話したい」「同じ世界を共有したい」という思いから、英語を学び始めました。
英語を習得していく中で、その背景にある文化や価値観に触れるようになり、自分とは異なる思考に強く惹かれて留学も経験しました。そうして多様な価値観に触れるうちに、今度は「自分とは何者なのか」「自分の考えはどこから来ているのか」といった、自身のアイデンティティに向き合いたいという気持ちが生まれました。そのとき、不思議と、絵を描くことで「自分が何かを理解できたような感覚」があったんです。その感覚は言葉ではうまく説明できるものではありませんでしたが、「こういうことなのかもしれない」と感じられる体験でした。そうした感覚をきっかけに、幼少期をテーマにした作品を描き始めるようになりました。
当時はその感覚を明確に言語化できていたわけではありませんでしたが、絵を描くことが自分のアイデンティティと深く結びついているのだと、身体感覚として感じていたのだと思います。

Q2:日本の里山風景やそこに暮らす子どもたちを描いた作品は、どこか懐かしさを感じさせる独特の世界観が印象的です。幼少期の記憶が現在の画風にどのように影響しているのか、作品に込めた思いとあわせてお聞かせください。

A.実は、制作を始めた当初と比べて作品に対する捉え方は大きく変化しており、現在の視点でお話しすると、私の中では「作品に込める思い」というものは、特別にあるわけではないと感じています。というのも、「何かを伝えるために描く」というよりは、何かに心を動かされて「とにかく描きたい」という衝動から制作が始まるからです。描き進める中で取捨選択を繰り返し、後から「自分はこれに惹かれていたのだ」と気づくというプロセスが、私の制作の基本になっています。そのため、描いている最中は、自分でも何を描いているのかはっきり分かっていない感覚に近いですね。
結果として、絵を描くことは私にとって「自己理解」や「自己探求」の手段になっています。これまで幼少期の記憶や風景を描いてきましたが、今振り返ると、それ自体を再現していたのではなく、それを見たときに生まれた「感覚」を表現していたのだと思います。だからこそ、色味や風景も現実とは異なる形で表れているのだと感じています。
少し抽象的ではありますが、自分が一貫して惹かれているものをあえて言葉にするなら、「揺らぎの美」だと思います。光や影、夕暮れ、水面の揺れなどによってふと立ち上がる、美しいけれど形を留めておけなかったり、存在しているのに掴みきれなかったりする感覚に強く惹かれています。幼少期というテーマも、鮮明に記憶に残っているのに二度と戻れないという意味で、まさに「揺らぎ」を含んでいます。そうした感覚に惹かれていたからこそ、これまで描いてきたのだと、今になって腑に落ちています。
現在は、次の展開として都会の風景、特に銀座をモチーフにした制作にも取り組んでいます。モチーフは異なっても、描いているのは風景そのものではなく、その場に立ったときにふと立ち上がる空気感や、次の瞬間には消えてしまいそうな感覚です。このように、私の中では一貫して「揺らぎの美」に惹かれ、それを理解するために描き続けている、というのが現在の解釈です。

Q3: 美術大学には進まず独学で現在のスタイルを確立されたとのことですが、現在の表現に至るまでにどのような試行錯誤や変遷があったのか、お聞かせください。

A.美術大学に進まなかった理由としては、「知識や技術を学びたい」という思いよりも、「自分の感じているものをどうしても表現したい」という欲求が強かったことが大きいです。もちろん、美大で体系的に学ぶことの重要性はよく理解していますが、私の場合は「これを描きたい」「どうすればこの感覚を表現できるのかを自分で見つけたい」という思いが何よりも優先されていました。
その感覚は自分にしか分からないものだからこそ、最終的には自分自身で向き合うしかないとも感じていました。
そのため、「この感覚にはどの色がふさわしいのか」「ここに線を引くべきかどうか」といった問いを一つひとつ、自分の感性と照らし合わせながら確かめていく方法が、自分には最も合っていたのだと思います。結果として独学で現在の表現に辿り着けたのは幸運だったと感じていますし、外部の価値観や固定概念に縛られずに、自分の感性と自由に向き合えたことは、大きな意味があったと感じています。

Q4: 普段はどのような環境で制作されているのでしょうか。また、着想の得方やロケーションのリサーチ、表現方法など、制作プロセスや作品づくりにおいて大切にされていることをお聞かせください。

A.制作のプロセスとしては、理屈よりもまず自分の感覚を大切にしています。自分が惹かれる場所や対象には必ず足を運び、その場で何を感じるかを確かめることから始めます。同時に写真を記録し、それをベースにしながら、当時の感覚に立ち返りつつ制作を進めていきます。その過程で、写真にはない要素を加えたり、逆に不要だと感じたものを削ぎ落としたりと取捨選択を重ねることで、自分が何に惹かれていたのかが次第に見えてきます。なかでも大切にしているのは、「自分自身がその対象を体験すること」です。強く惹かれる気持ちや描きたいという思いがなければ作品にはならないため、その感覚を何よりも重視しています。あくまで自分の感性に忠実であることを大切にしているので、風景をリアルに再現すること自体は重視していません。
着想については、日常の中での偶然の出会いがきっかけになることもありますが、多くの場合は制作を進める中で新たな疑問が生まれ、それが次のテーマへとつながっていきます。例えば、里山で感じた「揺らぎの美」が、都会でも表現できるのではないかという気づきから、都市の風景へと関心が広がっていきました。
リサーチについても、特別に綿密な調査をするというよりは、日常の中で自然に惹かれたものを大切にしています。雑誌の写真やふとした風景など、さまざまなきっかけからインスピレーションを得ており、常に感覚のアンテナを張っている状態です。最近では銀座に足を運ぶ機会が増え、ネオンの光そのものではなく、それによって生まれる空気感に強く心を動かされています。
このように、偶然の出会いの中で立ち上がる一瞬の感覚をすくい取り、それを表現へとつなげていくことを大切にしています。

Q5: 今回のプロジェクトは、客室全体をキャンバスとして捉えるという点で、これまでの制作とは異なる特別な体験だったかと思います。空間を含めた表現ならではの着想の違いや、新たに
挑戦されたこと、また制作における工夫や苦労された点についてお聞かせください。

A.私は普段、平面のキャンバスに作品を描いていますが、天井を含めた 360 度の空間に表現するのは今回が初めてでした。最初に部屋を見たとき、従来の「見る」作品とは異なり、「その場に身を置いて没入する体験」になると感じ、鑑賞の在り方そのものが大きく変わると実感しました。そのため制作では、作品としてだけでなく、“体験をデザインする”ことを強く意識しました。花火のスケールや配置、描き込みの密度、余白の取り方などを検討しながら、どのようにすれば心地よく没入できるかを考え続けていました。また、廊下から客室へと入る流れも含め、期待感を高める導線づくりも大切にしています。
特に意識したのは余白です。ホテルという特性上、滞在体験そのものに寄り添う必要性を感じ、すべてを描き込むのではなく、あえて余白を残すことで、呼吸ができるような余裕を持たせ、心地よく過ごせる空間づくりを意識しました。一方で色使い自体は大きく変えておらず、自分の感性に基づいた表現をそのまま活かしています。
今回の制作で最も大きく変わったのは、モチーフや色ではなく、「空間全体をひとつの体験としてどう成立させるか」という意識の部分だったと感じています。

Q6: 実際にお部屋を拝見し、あやいろさんならではの世界観が広がる空間に、温かい印象を受けました。本客室に込められたストーリーやコンセプトについてお聞かせください。

A.花火をモチーフに選んだ背景には、まず「日本らしいテーマで」というリクエストがホテルからありました。さらに、このお部屋から実際に花火大会を正面に眺めることができると伺い、その景色を思い浮かべたときに、「花火がとてもよく似合う空間だ」と直感的に感じたんです。実際に、窓ガラスに描いた花火が映り込むことで、まるで外と内が地続きになっているような一体感が生まれ、空間としての広がりをより感じられるようになっています。
さらに花火は、私がこれまで一貫して惹かれてきた「揺らぎの美」を象徴するモチーフでもあります。見る瞬間は華やかで高揚感がありながら、一瞬で消えてしまう儚さを併せ持っている。その切なさも含めて美しい存在だと感じており、今回の空間でも「楽しい」という感覚に加えて、ほんの少しの余韻や儚さを重ねながら表現しました。
色についても、自分にとって非常に重要な要素です。夕暮れのグラデーションは、はっきりと移り変わるのではなく、曖昧に揺らいでいく感覚そのものを表現したもので、私の中ではとても大切な表現のひとつです。上部に黒を取り入れることで時間の流れと奥行きを感じさせ、全体を引き締めるバランスも意識しています。
一方で、あまり使用しない色として「緑」があります。自然を描いているにもかかわらず意外に思われるのですが、私の中では緑を使うと写実的な表現に寄ってしまう感覚があり、自分の感覚を通した表現とは少し異なる方向になると感じています。むしろ紫のような色に、より繊細で感覚的な要素を感じています。ただし、緑そのものが嫌いというわけではなく、日常の中で身につける色としては好きなものもあります。あくまで作品における色選びは、「自分の表現に合うかどうか」という軸で判断している、というのが大きいですね。

Q7: 今回、パークホテル東京に滞在しながら制作されたとのことですが、実際にお過ごしになってどのような印象を持たれましたか。ホテルの雰囲気や居心地についてお聞かせください。

A.「これまで泊まったホテルの中でナンバーワン」と断言できるほど、大好きな場所になりました。
制作後もプライベートで何度も訪れているほどです。
特に印象的なのは、大きな窓からの景色です。制作中もつい手を止めて見入ってしまうほどで、一日の中でも時間帯や天候によって表情が大きく変わり、まるで別の世界のように感じられます。
その移ろいが、創作にとって大きなインスピレーションになっていました。
また、ホテル全体に高級感と清潔感がありながら、自然とリラックスできる空気があり、とても心地よく過ごせました。館内に点在するアートも印象的で、生活や滞在の延長として自然にアートを楽しめる点に、他にはない魅力を感じました。
そして何より心に残っているのは、スタッフの皆さんの温かさです。制作中もさまざまな場面で支えていただき、再訪した際には「おかえりなさい」と迎えていただける。その温かさに触れるたびに、ここは自分にとって心からくつろげる場所なのだと感じます。何度でも帰りたくなる、そんな特別な魅力を持ったホテルです。

Q8: パークホテル東京には海外からのお客様が多くいらっしゃいますが、この客室ではどのような体験をしてほしいとお考えでしょうか。また、ご宿泊されるゲストへのメッセージがあればお聞かせください。

A.基本的に、鑑賞される方に「こう感じてほしい」といった明確な方向づけは持っていません。まずはこのお部屋に滞在していただき、空間そのものを自由に楽しんでいただけたら、それが何より嬉しいことです。ただひとつ挙げるとすれば、「花火」に対する感じ方は文化や国によって大きく異なるものだと思います。日本では、ただ美しいだけでなく、夏の一瞬で消えてしまう儚さや切なさを伴う存在として、多くの人が共通の感覚を持っているのではないでしょうか。そうした繊細な美意識も、日本らしさのひとつだと感じています。そのため、海外からいらした方にとっても、このお部屋での滞在が日本の感性に触れるきっかけになれば、とても嬉しく思います。
また、私自身は「旅」というものも、どこか花火に似ていると感じています。その瞬間は高揚感にあふれていて楽しいけれど、あっという間に過ぎ去ってしまう——そんな儚さを持っている点が共通しているように思うんです。だからこそ、このお部屋で過ごす時間や旅そのものが、花火のように心に深く残る、かけがえのないひとときになればと願っています。

“日本の美意識が体感できる時空間”

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