【展示】正木美術館の名品紹介 Vol.9 -Spring Exhibition-  

大阪の忠岡町にある正木美術館は、中世水墨画や墨蹟を中心に茶道具、仏教美術作品、考古資料など幅広く所蔵しています。

本展は東京汐留パークホテル東京25階のアトリウムで9回目となる展覧です。今回は正木美術館のコレクションの中から、3~6世紀頃の古墳時代に制作された装身具を中心にご紹介いたします。これらは身を飾るだけではなく、権力を象徴する重要な役割も持っていました。古墳時代の墳墓からは多様な形状や材質による多くの装身具の出土が確認されています。はるか古の日本の装身具の様相を作品を通じてご覧いただければ幸いです。

 

 

正木美術館の名品紹介 Vol.9 -Spring  Exhibition-  

【会場】   パークホテル東京 25F アトリウム
【期間】   2017年3月10日(金)~6月8日(木)
【時間】   11:30~22:00 
【料金】   無料

 正木美術館ホームページ http://masaki-art-museum.jp 

 

【展示作品】

1. 青銅鏡 古墳時代
2. 鈴釧 古墳時代
3. 車輪石 奈良県丸山古墳出土 古墳時代
4. 勾玉 古墳時代
5. 銅剣 弥生時代

 

 【作品紹介】

No.1 「青銅鏡」(せいどうきょう)  古墳時代 

錫を混ぜた銅を溶かし、鋳型に流し込むことでつくられた小型の鏡である。鏡背面の中央には鈕 とよばれる紐を通すためのつまみがついている。現在は錆が厚く覆っており、文様などの意匠は確認できない。

青銅鏡が日本に最初に伝わったのは紀元前3世紀~紀元3世紀頃の弥生時代で、その後の古墳時代にも本作のような円形の青銅鏡が伝来し続けた。当時は、実用よりも魔除けや祭器、権力を象徴するものとして用いられたとされている。

 

 

No.2 「鈴釧」(すずくしろ) 古墳時代 

腕飾りは、縄文時代の貝塚から出土した貝製のものが古い例として知られている。時代を経て様々な素材が用いられるようになり、古墳時代には本作のような金属製のものや作品3「車輪石」のような石製のものがつくられるようになった。

古墳時代中期、5世紀頃に大陸から鈴をつくるための鋳造技術が日本に伝わり、このころから金属製の鈴が出現し始めたといわれている。本作は面取りを施した腕輪の周囲に六つの鈴を取りつける意匠で、鈴の玉が内部で固着していないため現在も軽やかな音を生じさせる。

 

 

No.3 「車輪石 奈良県丸山古墳出土」(しゃりんせき ならけんまるやまこふんしゅつど) 古墳時代 

緑色凝灰岩 と思われる石を加工した腕飾りである。扁平な楕円形に成形した石の中央に孔を貫通させ、表面には放射状に18本の線をつくり出している。この種の腕飾りはもともと笠形の貝を加工してつくる腕飾りを模したものであったが、江戸時代にこの放射線状の形状と車輪の形が似ることから「車輪石」の名称がつけられた。

単なる身を飾る装身具ではなく、埋葬される死者に身に付けさせることで、その死者の権威が象徴される宝器 の一つであったと考えられている。

 

 

 

No.4 「勾玉」(まがたま) 古墳時代 

C字形に 体を湾曲させ、丸く膨らんだ頭部に穴をあけ紐を通して身に付けた装身具である。勾玉は約7000年前の縄文時代の頃からつくられ、徐々に大きさや、材料、形状が多様化していった。勾玉の制作が最盛期を迎えた古墳時代の作例として、碧玉、水晶、瑪瑙などを用いたものが確認されている。出品作のように、頭部の穴から放射状に数本の溝が彫り込まれた作例は、丁子 の形を連想させる形状として分類される。

 

 

No.5 「銅剣」(どうけん) 弥生時代 

本作のような青銅の武器や鏡、銅鐸 などが日本に伝わったのは弥生時代の頃とされている。同時期に青銅よりも性能が優れた鉄や製鉄技術も伝わったために、実用には鉄製のものが用いられ、青銅製のものは専ら祭器や権力を象徴するものとして用いられるようになった。

本作もまた祭礼時に用いられた祭器の一つと考えられる。現在は刀身の片側にのみ棘状の突起が確認できるが、本来は両側に備わった左右対称の形状であったと推察される。

 

 

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